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第三章 「事件」




 その日の夜事件は起きた。隣町にある私立大学の学生グループ三人が人恋坂に面白半分で訪れ、都市伝説の真意を確かめようと墓地の周りを散策していた時、一人が足を滑らせ崖から転落してしまい、それを助けようとした二人も引きずられるように落ちてしまった。幸い三人とも命に別状はなく大きく新聞やテレビで扱われることはなかった。



 翌朝私は早くから目を覚まし、珍しくポストに新聞を取りに行くとこれまた珍しく地域のローカルページを開いた。ただ開いたページがたまたまそのページだっただけで読むつもりはなかったけど、ある記事が目の中に飛び込んできた。
「真夜中の転落事故! 人恋坂の呪い?」
 何とも新聞らしくない見出しについつい読み入ってしまう。記事の最後にこれを書いたライターの名前があり、そこには"片岡圭一"と書かれていた。
 私に起こった一昨日の体験から一日しか経っていないので、その記事の内容に悪寒が走り背中がぶるっと震えた。しばらく茫然としていると、
「志緒理!今日は早く行くんじゃないの?」
 家の中からお母さんの声。そうだ今日は朝一で倉橋君の所に行かなくてはならないのだ。なぜかって? ちょっと聞いてくださいな! 昨日『ねえ!これからどうする?』って声をかけたのね。乙女の誘いに普通ならば『時間があるならどこか行こうか』とか『ちょっと散歩でもしようか』とか色々あるでしょ! それが、
「別に!」
 何とも愛想のない返事。こうなったら。
「美歩たち映画を観に行くって・・・・」
「そうだ!お前暇なら神社に行かないか?」
 ?神社? 私は映画って言葉を発したはずだが・・・。人の言葉を遮っておいて返ってきたのが神社ですか? 一体どんだけ空気が読めないんだ!
 でもこの不愛想さが少し良かったりする私って変な乙女?
「何しに神社に行くの?」
「神社に映画は観に行かないと思うけど」
 そんなことは私でも解りますよ。それに人の話をちゃんと聞いておいてこの対応ですか?本当にもう! でもまいっか!何はともあれ二人きりでいるというのはそれなりに進展があるかもしれないし、ひょっとして期待できるシチュエーションが起こるかも! 私ってなんてポジティブ。そう思い結局神社に行くことになった。
 神社までものの十五分。な、なぜその間に会話がないの? どういうこと? さすがにポジティブの骨が折れそうになる。無言のまま神社の鳥居くぐり細く暗い階段を上る。結構しんどい。上り切ると結構開けていて広い。少し先の境内の下を大きな竹箒で掃いている人がいる。その人は私たちに気がつくと、
「おっ、巧巳君!今日は彼女と一緒かい!」
 おー! 何とうれしい言葉、きっとこの人いい人に違いない。
「そんな分けないでしょ」
 こっ、こらそんなに即答で否定するものではない!
「そんなことより三宅さん。相談に乗ってもらいたいことがあるんですけど」
 この神主さん三宅さんって言うんだ。なんだか普通の名前。もう少し神事っぽい名前かと思ってたけど、まあ考えてみれば神主って言っても普通の人なんだから当然か!
「巧巳君が改まって相談ということは、やはりあっちがらみのことかな?」
「ご明察通りです」
 何と抽象的な会話。
「今回は一体どんなことが起こったんだい?」
「一昨日の事なんですけど、友達四人で夜中十一時頃人恋坂に行ったんです。その時二つの鬼火が現れて・・・。その内の一つは友達の悪戯ということがわかったんですが・・・」
 倉橋君がそこまで言ったとき、
「長い話しになりそうだから取りあえずここに座って話を聞こうか」
 神主さんは境内の濡縁を勧めて自らも腰を下ろした。私達も横に並ぶように座る。そして倉橋君は話を進めた。
「二つのうち一つは悪戯だったのですがもう一つはどうも本物のようで、その一つの鬼火が小さく球体になって彼女の体内に入り込んだような気がして」
 倉橋君は私に視線を送り再び神主さんの方を向くと続けてはなしはじめる。その後の人恋坂のこと、私が自宅で体験した奇妙な現象など事細かに説明した。かなり長い話しになったけど神主さんは真剣に聞いてくれた。
「話は解った。少し確認したいこともあるし、少し急いだ方が良さそうな事象だから、明朝通学の途中にでも寄ってくれないかい」
 という経緯があり今朝は早めに倉橋君と通学することになったのだ。 私は急いで家を出ると、倉橋君の家というより喫茶『アルテイシア』まで少し小走りで向かった。 既に倉橋君は表に出て待っていてくれた。
「おはよう!」
 私から声を掛ける。
「おはよう」
 倉橋君からの返事。 何だか朝待ち合わせして登校している恋人達みたいなシチュエーションに胸がときめいた。倉橋君が先に歩き出す。私は彼を追うようについて行く。数歩行ったところで、倉橋君が前を向いたままで、
「昨日の夜は何もなかった?」
 なっ、何と倉橋君の方から声掛けが・・・。私は歩速を速め横に並んだ。
「昨夜は普通で何もなかったよ」
「そうか。ならいいんだ」
 たったそれだけの会話だったけど何だか嬉しい。
 神社に着くと、昨夜と同じように境内を掃除している神主さんの姿があった。
「おはようございます」
 二人同時に挨拶をする。
「おはよう」
 神主さんもいつもの笑顔で応えてくれた。
「何かわかりましたか?」
 倉橋君は解答を急ぐように切り出した。
「まあそんなに慌てるものではないよ」
 ゆったりとした返事が返ってくる。
「まだはっきりしたことが分かったわけではないが、何らかの霊的現象が彼女の身に起こっていることは間違いないようだから強めのお札を作ろうと思うんだか」
 神主さんは袈裟のポケットから無地の用紙を取り出すと、
「これにあなたの名前、生年月日、住所を書いてくれないかい」
 そう言って私にその紙とペンを差し出した。私はそれを受け取り境内の上で情報を書き込んで渡す。
「今日中に念の入ったお札を作っておくので、面倒かもしれないが学校帰りにもう一度よってくれないかい」
 私の書いた紙を受け取りながら言った。
「おっと!そろそろ八時を過ぎる頃だろうから、早く学校に行かないと遅刻するかもしれないよ」
 私は左手首にしているミッキーマウスの腕時計に目を移す。本当だもう八時を過ぎてる。急がないと本当に遅刻しそうだ。でも神主さんは時計も見ないでどうしてこんなに正確に時間が分かるんだろうと感心していると、隣の倉橋君がすっと立ち上がり、
「すみませんがよろしくお願いします」
 そう言うと何も言わずに歩き出した。私も慌てて立ち上がり神主さんに頭を下げて彼を追った。何か一言でも言ってくれればいいのに。そう思いながら小走りで追いかけている私の後から、
「もう少し彼女に優しくしなさいよ!」
 この神主さん本当にいい人だ。絶対間違いない!



 その日の授業も滞りなく終了し、私は下校と共に倉橋君と神社に向かった。 今朝行った神社に私は今まで行ったことがなかった。近くを通ることはあったけど何を祭っているのか分からなかったし、入り口の鳥居の雰囲気からしてかなり古く、決して明るく開けた感じもなくむしろ既に人の介在していない寂れた神社だと思っていた。
 鳥居から細く暗い階段を結構上がらなければならないし、下から見上げた感じも夜は絶対通りたくない陰気な感じがする。 だけど実際上がってみると上は広く明るい。私はこの神社に対しての評価を改めなければならないようだ。
 今倉橋君とその階段を上がっているが、失礼な感覚を反省してもこの階段はやはり一人で上がるのには二の足を踏んで躊躇する。折角二人でいるというのに決して若い二人の爽やかな交際とは言い難い場所だ。
 べ、別に倉橋君と付き合っているわけではないけど・・・。倉橋君は私のことどう思っているんだろう。
 境内まで辿り着くと神主さんは待っていてくれたのか縁側に腰を掛けてお茶を啜っていた。何だかテレビドラマか映画のワンシーンのような穏やかさだ。
 私達に気付いた神主さんは、
「おっ、来たね。ちょっと待っていてくれるかい」
 そう言って立ち上がると奥に入っていき、ほんの数秒で出てきた。手に何か紙を持っている。
「この御札を肌身離さず持っていなさい」
 私に差し出す。私はそれを受けとるとその御札に視線を移した。御札は葉書程の大きさで、中心部には何て書いているのか分からないけど梵字ようなものが大きく書かれていて、その周りにこれまた何を書いているのか分からない暗号のような文字で装飾されている。私はしばらくそれを見入っていた。
「これって折り曲げても大丈夫ですか?」
 私は恐る恐る質問した。
「大丈夫だよ。小さく折り畳んで出来るだけいつも身に付けているものに入れておくといいよ」
 私は神主さんに、有り難うございますと丁寧に頭を下げると、取りあえず半分に折りカバンの中に入れた。 神社からの帰り、外はまだ明るく人の行き来も多かったので二人で『アルテイシア』に寄った。マスターである叔父さんに嬉しい冷やかしを少し受けたが、倉橋君と対峙するように座り、倉橋君はいつものミックスジュースを注文し、私も同じものを頼んだ。
「あの神主さんは昔からの知り合い?」
 倉橋君は私の顔に視線を移し少し間を開けて、
「俺の両親が事故にあったとき、ちょうど居合わせた三宅さんが色々と事故処理をしてくれたんだ。最初は施設に入る予定だったけど、三宅さんと叔父さんが知り合いだったことから叔父さんの家にお世話してもらえるように段取りしてくれて、まあ俺にとっては恩人みたいな人かな。叔父さんも快く引き取ってくれたから感謝しているんだ」
「そうなんだ。優しそうな人だもんね、神主さんらしくないけど」
「でも三宅さんの神通力はかなりのものらしくて、その筋の人には有名なんだよ」
「じゃあ、この御札は期待して持っていんだ」
「今のところ大きな実害は出てないけど、これから何が起こるか分からないし、その御札は肌身離さず持ってれば何らかの形で絶対役に立つと思う」
 倉橋君の少し大袈裟ともいえるその言葉に私は身震いを感じた。 それから数日間は何事も起こらず平安無事な生活が続き、人恋坂で起こった事など既に記憶の隅に追いやられていた。大きな要因はこの一週間で倉橋君との距離がかなり近くなったことだ。
 あれから毎日のように倉橋君は私に声を掛けてくれた。私の返事はいつも、 『大丈夫、何も無かった』 だが、それだけの会話でも年頃で相手に好意を持っている乙女には嬉しい。 相変わらずクラスでは物静かで限られた男友達としか話をしない倉橋君が女の子の中では私にだけ話しかけてくれる。これほどの優越感があるだろうか。
 物静かで少し翳りのある倉橋君は顔立ちの良さも手伝ってか校内の女の子に人気がある。でもどの子も話しかけにくいようだ。校内で話をする女の子は多分私と佐緒里さんだけではないだろうか。 (あの無愛想さは確かに近寄りがたいよね)
 そんなことを考えながら帰宅の路についていると、後からその当の本人の声がした。
「倉橋!」
 私はその声で条件反射のように振り返ると、すぐ真横に倉橋君が居てあまりの近さに少し引いてしまった。・・・勿体ないことをしている。
「明後日の日曜何か予定が入ってる?少しでも時間がとれないか?」
 おもむろの言葉に私は少し躊躇したが冷静に考えて倉橋君の誘いなど滅多にあるものではない、というより皆無に近いと思っていた。どんな重要な用事、珍事があってもここは最優先しなくては。



 その夜私は日曜日にどんな服装で行こうかと考えながら夕食を取っていると、
「どうしたの?そんなにニヤニヤとして」
 お母さんが私の前にある白菜の漬物に手を伸ばしながら言った。相当ニヤついていたのだろう不審そうな顔をしている。その横でお父さんも、
「志緒理!・・・彼でも出来たのか?」
 少し無愛想に言った。父親としては気に掛かるのだろう。
「べ、別にそんなんじゃないけど・・・」
 私の返事は空を飛んでしまったようだ。声が上ずっている。
「まあ志緒理も年頃だからねえ。彼氏の一人もいないと幸先が不安になるわ。お母さんにも紹介してね」
 既に彼氏が出来たことになっている。本当にそうならいいのに。明日はお母さんと買い物に行く予定なのだが、その時に洋服でも買ってもらおうかな!
「明日の買い物でデート用の服でも買ってあげようか?」
 さすがお母さん! 翌日、私はお母さんと大手アウトレットモールに行った。所狭しと並ぶ店に目移りしてしまい中々お目当てのものに辿り着かなかったが、何とかお気に入りの服を買ってもらった。もう少し安い物でも良かったのだが、少し高めの可愛いワンピースでスカートの裾が長く淡いブルーの涼しげな物だった 。
 私は帰宅途中には気分も上々にすでに明日のことを考えていて、お母さんとの会話にも噛み合いがなく心ここに非ずだった。
 今夜また奇妙なそして恐ろしい体験をするなどとは微塵も思っていなかった。    



第三章 「事件」  完