上記ロゴでトップに戻ります



「幼馴染は婚約者」





第一章 「撮影会を始めます」



 ここ早沖高校には、県立高校としては珍しい写真部がある。写真部といっても一般的に考えられている写真部ではなく、頭に"珍素材"という文字の付く、変わった珍しいものを専門に撮影する写真部だ。とはいっても一般的な写真も撮ることは撮るのだがそれがメインではない。部員数五人、これだけの人数で、かつ変わった被写体を撮る部活動をよく学校側が認めたものだと思うが、そこにはちょっとした理由がある。創部してまだ二年目になるのだが、この部活動の初代部長である中山圭介は実のところ本校きっての成績優秀者であり、全国模試でも一年の頃からダントツでトップの座を誇る博学多識な人物なのだ。だからと言って鼻に着くような態度をとるでもなく、出で立ちも至って普通だ。

 学校側としては世界でも上位に入るであろうと思われる生徒が二年生になったとき写真部を作りたいと申し出てきた。一年間の同好会活動の間、一度もトップの座から陥落することがなかったこともあり、希望通り写真部として認めざるを得なくなったのだ。写真部の創立である。

 当初四人での活動だったが、圭介が三年生になり、新入生が一人入部してきたので現在五人での活動となっている。

 部員数が五人以上になり部活動として認められると学校側から少ないながらも部費というものが支給される。そのこともあってか、いつもは校外や校内の変わった写真を撮って地域の写真展に応募したり、写真雑誌に投稿したりしていたのだが、今年は美術室を借りて普通にモデルの撮影会をすることになった。世間一般の写真部活動である。

 撮影日は今年のゴールデンウィークが五月三日から四連休になるので、初日の五月三日に行うことで、スケジュールを立て準備を進めていた。

 そして今日がその日である。美術教師と美術部に許可を取り、午前中に準備、午後一時から撮影開始という段取りだ。

「でも、よく早川さんが許可してくれましたよね?」

 美術室の机を教室の後方に運びながら二年生部員の橋本悟志が、同じく机を運んでいた三年生の笹本由貴に語りかけた。

 早川というのは。本校においてマドンナ的存在で、容姿端麗という言葉がそのまま歩いているような三年生の一女生徒でフルネームを早川美穂という。すれ違う老若男女が思わず二度見してしまう程の美貌の持ち主だ。

「中山君がだいぶ粘ったみたいで、美穂の方が根負けしたみたい」

「そうなんですか? 部長がそんな事をするようには見えませんけど」

「彼、頭だけは良いからね、何だかんだと理屈を並べて説得したんじゃないかな?」

「確かに部長のあの頭の良さは異常ですよね!」

 そんな話をしながら部屋を片付けていると、

「モデルさん用のステージ借りてきました」

 美術室の前面ドアが開き、二年生の山本早苗が小さい台座のようなステージを抱えて入ってきた。小さいといっても約一畳ほどの大きさはある。その後ろに新入部員の長谷川真理恵が同じくステージの後方を支えるようにして立っている。

「お疲れ様!とりあえず入り口付近に置いておいて」

 部長の中山圭介が一眼のデジタルカメラをセッティングしながら労った。そして部員全員がそろったところで、

「笹本君、早川君は何時ごろ入ってくるのかな?」

「十二時半には来ると思うけど、……その笹本君と言うのやめない?」

 女性に対しては"さん"で呼ぶのが普通なのだろうが、圭介は誰に対しても君付けで呼ぶ、意識的に呼んでいるのか癖なのかわからないが、友達から見ると妙に他人行儀に聞こえる。

 圭介はそんな由貴の言葉を受け流して、

「今回初めてのモデル撮影だけど、時間も三時間程しかないし時間を有効に使わないと勿体ないから、早川君との打ち合わせは手短にして、できるだけ早く撮影に入れるようにしようと思う」

 四人の部員が小さく頷く、

「ポーズなんかは基本的には早川君に任せるけど、細かい指示は山本君にお願いするとして」

 早苗の方に視線を向けてそう言うと、早苗は大きく頷いた。早苗の撮影技術は、実家が写真館で、小さいころから父親の作業を見ていたからなのか良いものを持っている。県の写真展でも何度か入賞の経験があるらしい。

「既に十一時を回っているので、手際よく準備して早めの昼食を摂ろう」




 午後十二時半キッチリに早川美穂はやってきた。めったに見ることのない制服以外の服装に、さすがに色恋沙汰に興味のない圭介も目をパチパチさせて彼女を見た。他の四人については言うまでもなく彼女を見入っている。

 白いフリルの付いた膝上十センチ程のフレアスカートに細く白い横シマの入ったピンクのシャツ、その上から羽織った純白のカーディガン、足には膝上まで来る黒のタイツを履いている。まるで二次元の世界から飛び出してきたような愛くるしい服装をしている。

「中山君! こんな格好でよかったかしら?」

 スカートの裾を左右に少し広げて、テレビでよく見るアイドルが取るようなポーズをとり、天使、いや小悪魔のような微笑をして言った。

「あ、ああ」

 圭介は少し動揺したような表情で答える。

「しかし、よくそんな衣装を持っていたわね? 普段絶対着ないでしょ」

 由貴が呆気にとられた声色で言った。

「演劇部から借りてきたのよ。流石にこんな格好しないわよ。更衣室からここまで来るのだって恥ずかしかったんだから」

 由貴と美穂は同級生ということもあって、気さくに話をしているが、他の者、特に下級生は憧れのマドンナを前にしてどう対応していいのか迷っている。男子生徒である悟志は完全に萎縮しているようだ。

「山本君、早川君と早めに打ち合わせを始めて」

 圭介が動揺を誤魔化すように急かし気味に言った。

 そんな圭介の横にいた唯一の一年生真理恵が、肘で軽く圭介を突いた。まだ部員の誰も知らないが、圭介と真理恵は幼馴染だ。小さいころから二歳上の圭介を真理恵は兄のように慕っていた。圭介が高校一年、真理恵が中学二年の時に、真理恵の方から圭介に告白して付き合うようになった。お互いの両親も納得の上で、将来の結婚までも双方の親同士で決めてしまい、既に仮婚約の儀式までも行っていた。

 そんな関係の圭介が学校のマドンナに見惚れて動揺している姿を見て面白く感じるわけがない。

「部長! 早くセッティングしないと時間が勿体ないですよ」

 真理恵が皮肉っぽく言う。圭介もバツが悪そうに、

「そうだな、少しでも有効に時間を使わないとな」

 凝り性の圭介は、午前中のセッティングに納得がいかず、今もカメラの位置やストロボと反射板の配置に手間取っていた。

「ところで長谷川君のカメラは?」

 圭介は仮婚約者の真理恵のことも校内では名字の君付けで呼んでいる。

「ここにありますよ」

 制服のポケットから小型のデジタルカメラを取り出す。

「そんなんじゃ撮りにくいでしょ! もう一台持っているから貸そうか?」

「いいですよ、私はこのカメラが使いやすくて気に入っているんです」

 そういって圭介の方にカメラを向け"パシャ"とシャッターを押した。この会話を聞いている限り、二人の関係が親しいものだとは誰も思わないだろう。気さくな関係の先輩後輩にしか見えない。

 撮影が始まると、五人の部員は一斉に自ら持ってきたカメラを取り出し思い思いのシチュエーションでシャッターを押していく。圭介のように一眼のカメラを持って撮っている者もいれば、その辺りに転がっているようなハンディカメラで撮っている者もいる。

 撮影の合間に早苗が髪型を直したり、ポーズの要求を的確に指示し、美穂も巧く立ち回ってあっという間に二時間が過ぎていった。

 各々が自分なりに画像を確認して、全ての撮影が終わると、

「じゃあ、この教室をみんなで片付けて部室に戻ろうか」

 圭介の言葉に、部員たちは自分の荷物をそのままにしてそそくさと教室を片付け始めた。モデルの美穂も手伝い、わずかな時間で元の状態に戻し、最期に戸締りを確認して教室を後にする。一行は写真部の部室として与えられた物理第二準備室に向かった。

 写真部の部室には何もない。第二準備室ということもあってか、余り使われてはいなかったようで、あるものといえばどこの学校の理科室でも見かけるような濃い灰色をした実験用の器材を片付けている実験棚が二台と同じく実験用のテーブルが二卓、それに伴う椅子が全部で八脚あるだけだ。棚の中には何も入っていないし、テーブルの上も使用している一卓以外は埃だらけになっている。

部に昇格して一ヶ月、基本的には部室として使うことはほとんどなく、形だけの部室と化した教室に久しぶりに入ると、圭介はバッグの中から個人使用のノートパソコンを取りだし、唯一使用しているテーブルの上に置いて電源を立ち上げた。ジ、ジ、ジという音と共にディスプレイに明かりがともる。しばらくしてOSが立ち上がると、まずは圭介の写真データの入ったSDカードをパソコンに差し込む。ソフトが自動起動し一覧のサムネイルが表示され、それを本体のハードディスクに保存した。そして由貴、悟志、早苗、真理恵の順にデータを取り込み、全てのデータを取り込むと今度は最初の画像から全画面表示にしてゆっくりと見ていく。

小さなノートパソコンのディスプレイの前に、五人の部員と美穂を含めた六人が固まるようにして集まり確認作業に入った。

モデルが良いのか、写し手が上手いのか、どの写真も綺麗に撮れている。写真で見ても美穂は目を見張る程美人に写っていた。

 「あれ?」

悟志が妙な声を出す。今写し出されているのは悟志の撮ったデータなのだろう。

「ちょっと待って下さい。一つ前に戻ってもらえますか」

「どうした?」

圭介が画像を一つ戻す作業をしながら問う。

 「いや、何だか変なものが写っていたような気がして……」

 一つ前の画像が写し出された。

 美穂が髪をかき上げる仕草が写し出されていて、飾り気のない良い写真だ。美穂の綺麗な顔立ちから施されたこのポーズと表情に色気を感じずにはいられない。

 しかしよく見ると、髪をかき上げている腕の後ろ辺りに何かボヤッとしたものが写り込んでいた。

 圭介はその部分を少し拡大してみる。

「ん!」

 しばらく黙り込んでその画像を見入っていたが、

「何か人の顔のように見えるけど何だろう?」

 さらに拡大してその部分を完全にアップにしてみた。後ろで見ていた女性陣が「ひっ!」という声と共に身体を仰け反らせる。

 そこに写し出されていたのは、白目の部分が無く穴が開いているような真っ黒な目に、大きく開き何かを叫んでいるように見える異様な形をした口、そして数本の長い髪が顔の中心辺りに垂れ下がっている女性とおぼしき姿が写っていた。

「こ、これって心霊写真?」

 後ろに少し離れてみていた美穂が呟くように言った。

「いや、まだそうと決まったわけではないから、他の写真も確認してみよう」

 圭介は画像を元の全景にして、サムネイルに戻ると、

「最初からもう一度見るから、みんなもよく確認しながら見て」

 そう言って、再度一枚目から全画面表示を始めた。六人の目で慎重にゆっくりと確認しながら、画像を進めていく、全部で約二百枚、前半の百枚を見たところで一旦休憩を取った。

 流石に目も疲れてくる。そして日も暮れ始めて外は薄暗くなっていた。時間も七時を回りそろそろ学校から出ないと色々と問題になる時間だ。

「そろそろここを出ないとまずいから、残りは僕が確認しておくよ」

 圭介が部長の立場もありそう切り出し、今日のところはこれで解散することにする。ちなみに前半百枚の中には先程見た一枚だけにそれらしきものが写っているだけだった。

「少し暗くなってきたから、同じ方向に変える橋本君と笹本君と山本君は一緒に帰るように。早川君と長谷川君は僕が送っていくから」




 圭介と真理恵と美穂の三人は家が学校からそれ程遠く離れていないので徒歩通学だ。今美穂は制服に着替えている。流石にあの格好で学校まで来たのではないようだ。空は既に暗くなっていて、交通量もまばらなこの道は静けさを漂わせている。そんな道を三人で肩を並べるように歩いていると、

「あの写真は一体何なのかしら?」

 美穂が不安げな声色で言った。自分の写っている写真にあんなものが写っていると誰しもがそう思い不安になるだろう。

「まだ何とも言えないな。単なるシミュラクラ現象かもしれないし…」

「そのシミュラクラ現象というのは何ですか?」

 隣を歩いていた真理恵が不思議そうな顔をしてその言いにくそうな言葉の意味を尋ねた。近くに美穂がいるのでまだ先輩後輩言葉を使っている。

「人間の目には、三角形に配置されたものをそれぞれ目、口と認識してしまう習性があるんだ。君たちにも経験があると思うけど、丸い形をしたものが逆三角形に配置されていているのが人の顔に見えたということがあるだろう。人面犬や人面魚なんかもこれに当てはまると思う。こういった現象を科学的に解明したものがシミュラクラ現象、又は類像現象と言うんだ。心霊写真といわれている物の八割から九割がこの現象だと言われている」

 圭介を挟むように真理恵の反対側を歩いていた美穂もその話を聞き入るように耳を傾けている。少し怖くなってきたのか、美穂は圭介の学生服の裾を親指と人差指で摘むように持っていた。こういう仕草が男を惑わす要因になっているのかもしれないが、意識的にやっているのではなさそうだ。圭介はそんな美穂の仕草に気が付いているのかいないのかわからないが、彼女の方に向き、

「もし心霊写真だったら、後々面倒なことが起こらないとも限らないから、ちゃんとしたところで見てもらった方がいいと思うけど、まだ何とも言えないから、残りの写真を含めてもう一度よく確認してみようと思っている。明日また連絡するから早川君の連絡先教えといてくれる」

 美穂は圭介の学生服の裾を一旦放し、バッグから携帯電話を取りだす。三人はその場で立ち止まり圭介と美穂は赤外線通信で連絡先を交換しあった。

「じゃあ、私の家そこだから、今日は送ってくれてありがとう。明日必ず連絡してね」

 恋人同士のような会話を交わして、美穂は小さく手を振って家の方へ歩いていった。その仕草一つ一つがとても可愛らしく感じられる。世の男どもは勘違いしてしまうのもわかるような気がする。

「何だか圭ちゃんと早川先輩恋人同士みたい」

 横にいた真理恵が不満げな表情で皮肉を言った。学校を離れると真理恵は圭介のことを"圭ちゃん"と呼んでいる。

「別にそんなことないだろう。普通の会話だと思うけど」

 圭介がきょとんとした表情で返した。

「早川先輩、圭ちゃんの学生服の端っこずっと持っていたでしょ。あれ絶対おかしいよ」

「考えすぎだろう。早川君は誰に対してもあんな感じで接しているし、悪気はないと思うよ。意識してやっているとも思えないし」

「でも私は嫌だったの」

 そう言って真理恵はすたすたと歩き始めた。「はぁ〜」と溜息をつきながら圭介は真理恵の後を追った。




 圭介は食事と入浴を済ませ自分の部屋に入った。壁の空いている部分には天井まである本棚が立ち並び、その中には色々なジャンルの書籍が所狭しと並んでいる。あとはベッドと机があるだけで青春を謳歌しているであろう高校生の部屋とは思えないほどシンプルだ。

 圭介は机の上に先程部室で使ったノートパソコンを置くと、折り畳みを開き電源スイッチを押す。しばらく机の上を片付けていたが、パソコンが立ち上がると椅子に座り、今日撮った画像のデータを続きから閲覧し始めた。残り百枚程あるデータを睡魔と闘いながらも慎重に見ていく。半分ほど見終わったところで休憩を取った。椅子の背もたれで仰け反るように背を伸ばすと、

「真理恵、機嫌直ったかな?」

 独り言をボソッと呟いた。学校では君付けだが、プライベートでは名前で呼んでいる。小さい頃からの付き合いなので、当たり前といえばそうなのだが、学校ではそれなりに気を使って接しているのだ。

 圭介は椅子から立ち上がり、大きく伸びをすると再び椅子に座り続きの作業に入った。

「ん!」

 圭介の手が止まった。気になる部分を拡大してみる。そこには髪の長い女性が横を向いているようにも見える。

 その写真にチェックマークを入れて次の画像に写った。全ての画像データを見終わった時には午前一時を回っていた。







 

第一章 「撮影会を始めます} 完         第二章「怪現象が起こりました」に続く