×

[PR]この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。



上記ロゴでトップに戻ります



オカルト探偵倶楽部 2







「幽体離脱はお好きですか?」


 登場人物
  • 神崎洋平   19才  本編の主人公。瞳が紺碧になった時、特殊な力が覚醒する。
  • 中山麻美   20才  さっぱりとした性格、洋平とは腐れ縁。
  • 土井秀樹   20才  古武道に長けたひょうきん者、人と少しずれている。
  • 千葉美紀   20才  おとなしい性格だが、芯の強い女性、洋平に思いを寄せている。
  • 白河 緑     20才  後輩。
  • 中野由美加    15才  洋平の家庭教師の生徒。成績優秀な子。
  • 風間慎介   16才  事故に巻き込まれ、肉体と精神が離れてしまった少年。





 風間慎介は、夏休みの夏期講習を受けるために通学していた。ぎりぎりまで寝ていたため、まだ頭がボーッとしている。空ろな目をしながらゆっくりと歩いていると。不意に何かが前を横切った。大きなゴムボールだ。そのボールを目で追っていると、それを追うように少年が飛び出してきた。車の急ブレーキが響き渡る。
「危ない!」
 車道に飛び出した少年を助けるため、咄嗟に走り出し、その少年を抱きかかえるようにして、再び歩道の方に戻ろうとした。しかし一瞬の差で車に接触し、歩道に投げ出され、地面に叩きつけられた。少年を抱きかかえたまま歩道を何度もバウンドし、街路樹に激突して止まった。周りにいた人達が一斉に駆け寄る。数人の人達が慎介と少年を取り囲んだ。
「一樹!」
 その少年の名前は一樹というのだろう。母親と思われる女性が人並みを割り込むように入ってきた。慎介は朦朧とした意識の中、少年を大事そうに抱きかかえている。少年は掠り傷で済んだようだ。慎介の腕の中から抜け出すように起き上がると、集まった人達をキョロキョロと見渡し、その中に母親を見つけたのだろう。一人の女性に走り寄って行った。
「ママ!」
 その女性は両手を大きく広げて少年を迎え入れ強く抱きしめた。少年といってもまだ四歳か五歳位だろうか?小さな腕を母親の身体に巻きつけるようにしがみついている。
 しばらくすると救急車がけたたましいサイレンを鳴らしてやってきた。野次馬が蜘蛛の子のように散らばる。タンカを押した救急隊員が慎介の脇にやってくると、手際よく対処しわずか数分で車内に運び込み、当事者の子供とその母親も乗り込む。
 しかしすぐには発進せず、中で無線の遣り取りをしていたかと思うと、再び耳障りなサイレンを鳴らしながら走り去っていった。
 警察が数分遅れてやってきたが、接触した車の姿がなくなっている。黒いセダンで全てのガラスを真っ黒にコーティングしてあり、中には数人乗っていたような気がする。一瞬停まって,そのまま逃げるように走り去って行ったようだ。何人かの人がその車を目撃していたが、プレートナンバーまで憶えているものはいなかった。警察も加害者がいないため、交通課から刑事課に状況を引き継ぎ、轢逃げ事件として捜査されることになった。



 その頃神崎洋平は学食でいつもの日替わり定食を食べていた。土井秀樹とは専攻科が違うため昼食を一緒にとることは滅多に無い。中山麻美や千葉美樹についても同様だ。しかし今日は珍しく四人揃っている。
「なあ!今度の日曜、って言うか明後日海にでも行かない?」
向かいに座っている秀樹が左手で器用に箸を使いながら言った。
「今年は特に猛暑日が続いているし、いいかもな!」
洋平が食事を終え箸を置きながら答える。
「千葉さんと麻美も行くだろう!何か予定が入っているなら仕方ないけど」
「私は良いけど。・・・美樹はどうする?」
「私も大丈夫」
 美樹はそう言い洋平の方を見て、洋平と視線が合うと、慌てて目を逸らした。
 そんな様子を見ていた秀樹が、
「千葉は見るからにプロポーションが良さそうだから、当然ビキニだよな」
 と、美樹の洋平に対する気持ちを知ってか知らずか茶化すように言った。美樹の顔が少し赤くなる。
「貧相な麻美と比べると格段の差がありそうだな」
 洋平のその一言に、
“キラーン!!”
 麻美の瞳が鈍く輝いたかと思うと、洋平の後頭部に衝撃が走った。
“バッコーン!!”
 周りの人が何事かと振り返って見るほどのすさまじい音が学食内に響き渡る。
「痛ってぇ〜!何するんだよ?」
 後頭部を押さえながら隣にいる麻美を睨みつける。麻美の手には何故か丸い食器が持たれていた。
「私のナイスプロポーションも知らないくせに」
「知ってるさ。十年前まで一緒に風呂に入ってたからな」
「あのねえ。十年前っていいたら小学生でしょ。あの頃と今と同じにしないでよね」
「同じだろ!俺には違って見えないけどな?・・・それに普通自分でナイスプロポーションとか言うか?」
「うっ」
 麻美が反論できないでいると。追い討ちをかけるように。
「そうか!人には絶対言ってもらえないから、自分で言うしかないんだ」
 その言葉に麻美の瞳が真紅に燃えた。再び右手が天に向かって高く上がる。今度は何も持っていないようだ。そのまま振り下ろされるかと思いきや。ふと、麻美の視線が洋平を通り越して数メートル先にいる一人の女性に移った。
「あっ。白河さん」
 その声に三人の視線が一斉に麻美の視線を追った。麻美は振り上げた右腕を下げる際、洋平の頭をたたくふりをして小さな声で「バーカ。」と呟いた。
 彼等の視線の先にいる目標の人物である白河緑もその視線に気付いたようだ。少し恥ずかしそうに小さく会釈しながら近づいてきた。
「何だか久し振りね」
 真っ先に麻美が声をかける。
「はい。あの時はありがとうございました」
 白河は深々と頭を下げた。彼女は半年ほど前にある事件に巻き込まれて、心身共に大きなダメージを受け、しばらくカウンセリングを受けていたのだ。
 今の彼女を見る限り、あの時の後遺症はすっかり良くなっている様だ。
「そうだ。白河さんも一緒に、明後日海に行かない?」
「えっ!」
 洋平の突然の誘いに少し戸惑った様な声をあげたが、しばらく考えるような仕草をすると、小さく頷いた。



 久保西総合病院では風間慎介の意識甦生作業に担当医師は右往左往していた。外傷はほとんど無い。あの事故の状況からして奇跡に近いといえるだろう。内臓器官も何一つ問題無く、健康な人間と遜色ない状態なのに、なぜか意識が戻らないのだ。担当医師は頭をかしげながらも懸命に甦生作業をしている。
 当の慎介はというと、不思議そうにその作業を医師や看護師たちの頭上から見ていた。
『あれっ!俺があそこにいる』
 もう一度ゆっくり、じっくりとベットに横たわった人物を見てみる。やはり自分のようだ。
『俺、死んじゃったのかな?はっきり憶えてないけど、子供を助けようとして車に撥ねられたんだよな?』
 そう言いながら両の手の平を目の高さにまで上げ、まじまじと見た。少しばかり透明がかっているようにも感じる。
『幽体離脱ってやつかな?・・・だったら自分の身体に戻れるかな?』
 そう思った慎介は下に見える自分に近づき戻れるかどうか不安に思いながらも、身体を重ね合わせてみた。しかし何の変化も起こらない。
『えっ!・・・どうやったら戻れるの?』
 自問自答するように問いかけた。それからも何度か色々な方法で試してみたが、何をやっても、自分の知っている限りのどんな方法でも自分の身体に戻れない。
 慎介は諦めて、その場所から離れていった。


 翌々日の日曜日。
 洋平達は海水浴に来ていた。天候も絶好の海水浴日和で、ジリジリと肌を焼き焦がすように暑い。洋平と秀樹は既に水着に着替えて、砂浜を所狭しと走り回り、やっと五人が座れそうなスペースを見つけると、そこにビーチパラソルをセッティングした。ビーチボールを膨らませていた秀樹に、
「俺、麻美達呼んでくる」
 洋平はそう言うと、小走りに更衣室の方に向かって行こうとしたが、前方を見ると明眸皓歯な三人の女性がこちらに向かって歩いて来た。
 洋平は一瞬目を疑った。
 一人は青色をベースに大きな花がデザインされたビキニで、出るところは出、くびれるところは見事にくびれている。まさに仙姿玉質とはこのことを言うのだろう。
 もう一人は黒を基調とした一般的なビキニで、上からTシャツを着ているが、割と大きな胸が強調されている。
 残りの一人は白に赤の模様が描かれているワンピースタイプで、清楚な感じを漂わせている。
 三人共それぞれ自分にあった帽子を被り、二人はサングラスをかけてこちらに少しずつ近づいて来た。
 洋平は視線を彼女達に向けたまま、後ろにいる秀樹に手招きをするように、
「おい!秀樹!」
「何?」
 そう言って振り返った秀樹は、唖然とした表情になり、手に持った膨らませかけのビーチボールを落とした。
「うそ!」
 やはり秀樹も自分の目を疑ったようだ、自分の頬を数回たたいている。三人の女性は洋平と秀樹の前に来ると。
「お待たせしました」
「お待たせ」
「・・・・・」
 各々の言葉で声をかけてきた。青いビキニは美樹、黒いビキニは麻美、そして白いワンピースは白河だった。
 二人の男は鳩が豆鉄砲をくらったかのような表情で三人を見つめていた。



 風間慎介は海水浴場を歩いていた。というより一般の人達と同じ高さの視線で移動していたというべきか。その姿を見ることが出来たなら何の違和感も無いだろう。しかしその姿は誰の目にも留まることは無かった。
 なぜ慎介がここにいるかというと。あれから色々と考えてみたが納得にいく解答が得られず、そうしているうちに昨年友達と来た海に自然と足が向いていったのだ。慎介にとって一番新しい最も記憶に残っている出来事だった。
 昨年友達と来た海は何も変わっておらず、大勢の人達が各々で楽しんでいる。慎介はそんな人達を横目に、昨年盛り上がった海の家に足を運んだ。
 海の家は案外空いていた。というのもガラの悪そうな数人の男達が大きな態度で大声を出している。これでは一般のお客は近づき難い。
 慎介はその男達に近づいた。二〜三メートル程の距離まで近づいても、男達は案の定慎介に気が付かない。やはり一般の人には慎介の姿を見ることができないのは事実のようだ。
 男達は店に文句をつけているようだ。注文したものと違うものがきたから代金を払わないというような事を言って、大の大人が情けないほど子供っぽいことで因縁をつけている。その割には出されたものは奇麗に完食されていた。ようは代金を払いたくないという事の口実に過ぎないのであろう。店の人は怯えて表に出てこない。
その下らない内容を聞いた慎介は、姿が見えないという事を良い事に、脳裏にチョッとした悪戯心が芽生えた。
一人の男の後ろに立ち、その後ろ頭をある芸人の突っ込みのように平手で叩いた・・・。いや叩いたつもりだった。しかしその手は何の手応えもなく、慎介から見ると、相手の方が透けているようにスーッと通り抜ける。
多少予想していた事とはいえ、慎介は苦笑をかくせない。自分の置かれた状況を再確認するには十分な出来事だった。
肩を落としてその場から離れようとした時、五人の男女がやって来た。この雰囲気に動じない人もいるのだろう。彼等は店の人を確認できなかったのか、
「すみません。かき氷下さい」
 一人の男が大きな声で声をかけた。



「しかし驚いたな」
 ひとしきり海の中ではしゃいで、休憩の為上がって来た洋平と秀樹は声を揃えるように言った。
「千葉があんなにスタイルが良いとは思わなかったよ。」
 これは秀樹の感想。
「目のやり場に困ったな」
 これは洋平の感想。
 確かに美樹のスタイルはかなり良い部類に入るだろう。すれ違う男達だけでなく、女性達も思わず振り向いて、羨望と嫉妬の眼差しを送ってくる。
「中山も割りと胸大きいよな」
「そうか。標準じゃないか?」
 そんな話をしていると、後ろから三人の女性も追いかけるように上がって来た。洋平と秀樹は会話を中断した。
「何の話?私達の事言ってたでしょう」
 麻美が洋平の横に並ぶと、タオルで顔を拭きながら問いかけた。
「別に」
 洋平は素っ気無く答える。
「ねえ。かき氷でも食べない?」
 美樹が誰にというわけでなく言った。
「それいいね。食べようぜ」
 秀樹が目を輝かせて言う。
「俺達が買ってこようか?みんな食べる?」
 洋平は持ってきていたウェストバックから小銭入れを取り出しながら言うと、
「みんなで行きましょ」
 麻美はそう言うと、手に持っていた小さなポシェットからサングラスを取り出して頭の上に被せた。結局全員で近くの海の家まで行くことになり、ぞろぞろと肩を並べて歩き出した。相変わらずの日差しに、海で冷えた身体もすぐに熱くなり、汗が滴り落ちる。
 五分も歩くと海の家に着いた。ビーチに人が大勢いる割には海の家は空いていた。中で大きな声が響いている。数人の男達が何やら騒いでいるようだ。秀樹が入り口からそっと覗き込む。見るからにガラの悪そうな男が三人、イガリ声で喚き立てている。そんなことはお構いなしに、秀樹はおもむろに店内に入ると、
「すみません。かき氷を下さい」
 男達の声に負けずとも劣らない大きな声で奥にいると思われる店の人に声をかけた。
 男達の喚き声がピタリと止まり、敵意剥き出しの人相で何だこいつはと言わんばかりの形相の六つの視線が睨みつけるように秀樹に注がれた。一般客ならば完全に引いて逃げ出してしまうだろう。しかし等の秀樹は全く動じていない。余程の大物か・・・それとも・・・。
 その男達は突然現れた部外者に少しイラついたように、
「何だてめえは、何しに着やがった!」
「何しにって言われてもここは海の家でしょ。別に誰が何しに来てもお宅らには関係ないでしょ」
 秀樹の飄々とした態度に一人の男が立ち上がった。
「てめえ!俺たちをなめてんのか!」
 すご振って身を乗り出す。
「何で?」
 その一言で、目の前の男の頭の血管からぷちっという音が聞こえた。秀樹に詰め寄ると胸ぐらを掴み顔を近づける。そして右手を振り上げ秀樹の顔面に向かって振り下ろされた。その光景を洋平達は随分冷静に見ている。秀樹の素性をよく知らない白河緑を除いては・・・。
 次の瞬間、すごぶっていた男の方が床にひれ伏している。当の本人も何が起こったか解っていないようだ。それを見ていた残りの二人の男達も呆気に取られている。
「こいつに手を出すのは止めた方がいいよ」
 洋平が割って入ってきた。
「日本中探してもこいつより強い奴はそんなにいないと思うよ。まあこいつの親父は別格だけどね。名前位知ってるでしょ、青地幸四郎って人」
 その名前を聞いた途端、男達の顔が青ざめた。彼等はどこかの組織に組していて、手を出してはならない相手を上から聞かされているのだろう。それもそうだ、たった一人で数万人もいるという大組織を潰した男である。名実共に日本最強で、日本の暴力団に限らず、世界のマフィアでさえ手を出せずにいるという伝説の男である。
 秀樹はその息子なのだ。訳あって母親の姓を名乗っているが、子供の頃から父親に叩き込まれた格闘術は幼くして神童と呼ばれるほどだった。幸四郎をもってして、
<こいつはワシより強くなるかも知れんな>
と言わしめた逸材である。
 しかし男達は秀樹のそんな素性を知らない。それに一般人に馬鹿にされっぱなしでは組織にいるものとしてプライドが許さないのだろう。その役に立たないプライドで大きな間違いを犯した。彼らの中で最も大柄な男が椅子から立ち上がり、秀樹の方に近づく。男はポケットに手を入れ、中から小さなナイフを取り出した。
 同時にポケットから車のキーが落ちる。
『カシャ』
 床にキーが落ちる音と同時に、洋平に異変が起きた。
「うっ」
 頭を抱え込むように押さえてその場にうずくまる。その姿を見て麻美の脳裏に半年前の光景が浮かんだ。そう洋平の瞳が・・・。
 あの時と同じように数分いや数秒で洋平は何事も無かったかのように立ち上がった。そしてやはりあの時と同じように両の瞳がやや黒味を帯びた青色、正に紺碧の瞳に変わっていた。正面にいた男達は洋平の突然の変貌に金縛りにあったかのように微動だにしない。
 洋平は男達から右に二、三メートル程離れた場所をじっと見つめている。その場所にはソフトクリームの機械が静かに佇んでいるだけだ。洋平はそこに誰かがいるかのように話しかけた。
「君は誰?」
 周りの人達が一斉に洋平の視線の方向に向いた。そして全員の頭上には『?』マークが飛び交った。
しかし一番驚いたのはその場所にいた慎介だった。今まで誰からも気付かれず、人との接触が皆無だった慎介にとってまさに青天の霹靂だ。
『僕が見えるんですか?』
 恐る恐る掛け声の主に話しかける。
「はっきりとは言えないけど、君の姿形は認識できるよ。肉体と分離して実体の無い状態のようだね」
『分かりますか?事故にあってそれからこんな状態になってしまったんです』
 少し肩を落として、
『何度か自分の身体に戻ろうと試みたんですけど、どうしても戻れなくて』
 洋平は少し考え込むように腕を組むと、
「この場所は思い出の場所なの?」
 話題を変えた。
『はい。これからどうなるのか考えていたとき。昨年友達と来たこの場所の記憶が何気なく脳裏に浮かんで、何となく足が向いてしまって』
「ところで、事故の状況は少しでも覚えてる?」
『いえ、それほど覚えていません。咄嗟の事だったので・・・。五、六才の少年が飛び出して来たことと、黒っぽい車が突っ込んできたという事くらいです』
 洋平と慎介のそんな会話は傍から見れば、洋平の独り言にしか聞こえないだろう。頭がおかしくなったのかと思う者もいるかもしれない。
 洋平は慎介に歩み寄ると、慎介の肩に手をのせるようにかざした。この行動も慎介の姿が見えない者にとっては奇妙に見える。
「洋ちゃん」
 麻美が心配そうに声をかけた。
 洋平は何も答えず、麻美の方に振り向く。
「・・・また瞳が・・・」
 その言葉に秀樹と美樹、そして緑は洋平の瞳を覗き込む。そして三人共同様に息を呑んだ。麻美は二度目だか、残りの三人は初めてなので、洋平のその瞳に戸惑いが隠せないようだ。
 洋平はそんな彼等を、無視するように再び慎介の方に振り返る。
「てめえ!何ごちゃごちゃ言ってんだ!」
突然男の一人が、不意を突くように洋平に向かって突進してきた。洋平に掴みかかろうとしたその瞬間、その男も急に重力がなく無くなったかの様に身体が“ふわり”と浮き、気が付いたときには地面に這いつくばっていた。そして洋平の横には何事も無かったかのように秀樹が立っている。
 洋平は地面にうつ伏せに倒れている男を横目でチラッと見て、残りの二人の男の方に視線を移すと、
「貴方達ですね、この少年を車で撥ねたのは」
「?」
 再びその場にいた全員の頭上に「?」マークが浮かんだ。
 洋平に何故そんなことが分かるのかというと、覚醒した洋平には特殊な力が宿ってくる。そしてその一つの力として、サイコメトリーというものがある。要は残留思念を読み取って、本人さえ覚えていない出来事を読み取る力だ。
 慎介に事故の質問をした時、彼はその時の情景を思い出そうとしていた。そして彼に接触した時、その思考を洋平が読み取るというより、慎介の覚えていない出来事を、その場の状況が復元されたかのように動画として洋平の脳裏に入り込んでくるのだ。その画像の中に、この三人の姿がくっきりと映し出されていた。
 洋平は先程に脳裏に映しだされた事を、事細かに話し始めた。ボールを追いかけて急に子供が飛び出して来た事。少年を助けるために駆け寄った慎介が車の運転手と一瞬視線が合った事。そして天と地を交互に見ながら街路樹にぶつかった事。
洋平が話を進めていくうち、まるでその場に居て一部終始を見ていたかのような説明に男達の顔が段々青ざめてきた。
 外が何やらざわついている。そうしているうちに警察がやってきた。傍観者の誰かが警察に連絡したのだろう。
「君たち、何をやってるんだ?」
 警官はどちら共というわけでなく問いかけた。
「丁度良かった。最近この辺りでひき逃げ事件がありませんでしたか?」
 洋平が警官の問いに返答もせず、背を向けたまま逆に問いかけた。
「二日前、この近くで確かにひき逃げ事件があったが、それがどうかしたのか?」
「その事件は今解決しました」
「はあっ??」
「ここにいる男達が犯人です」
 警官は“こいつ何言ってるんだ”と言わんばかりの表情で、
「ちょっと君、こちらに向きなさい」
 多少慇懃無礼気味に言った。そして振り返った洋平を見て、他の者と全く同じ対応をとった。
「この人達の車を調べてください。確かな証拠が出てくると思います」
 洋平は何事も無いように、淡々と言葉を進める。
「それと撥ねられた少年が入院している、久保西総合病院に連れて行ってもらいたいのですが」
 かなり唐突で理不尽な事を言っているが、洋平の紺碧の瞳を見ると、そうしなければならないというような感覚に陥ってくる。この警官も例外に漏れず、洋平の瞳に飲み込まれてしまったようだ。
 携帯電話で応援を呼び、数人の私服警官、俗に言う刑事が来ると簡単に事情を説明して、自分自身の行動が分からないまま、着替えを終えた洋平をパトカーで久保西総合病院まで送っていった。秀樹達も後から追ってきた。
 病院に着くとその警官は看護師に了解を取り、慎介が入院している部屋に入る。個室のベットで少年が眠るように横になっている。本当にただ眠っているだけのようだ。しかしこの状態が既に三日続いている。家族にとっては落ち着ける状況ではないことは理解できる。
 その部屋には少年以外誰もいなかった。ほんの先程まで母親が付き添っていたのだが、今は少し席を外しているようだ。看護師はそう説明すると、帰る時には一声かけて欲しいと言い残しナースステーションに戻っていった。
 洋平は慎介の横に立ち彼の顔をじっと見つめていたが、しばらくすると頭を持ち上げ正面に向いた。そこにはもう一人の慎介が立っている。
「そろそろ自分の身体に戻ろうか」
 洋平は正面に立つ慎介に声をかけた。周りにいる者も今回は驚きもせず成り行きを見守っている。
『どうやって戻ればいいんですか?』
「心の底から帰りたいと望めばいい」
『前もそう思ってやってみたのに、どうしても戻れなかったんですよ』
 不安気味に答える。
「それはまだ心のどこかに、本当に戻れるのか?戻れなかったらどうしよう!という気持ちが残っていたからさ。今回は僕も手伝うから大丈夫。それにまだあちらの世界は君が来るという予定はないようだ。」
『あちらの世界というのは、死後の世界のことですか?』
「世間一般ではそういう言い方をすることになるのかな。あちらの世界にも都合というものがあるらしく、今のところそういう予定はないと言っている」
『言っている?』
「君の横に年配の女の人が立っている。上品で優しい感じの人だ。君の祖母だと思う。・・・その人が君はまだこちらの世界にとって招かれざる者だと言っている」
 慎介は首を左右に動かし何かを探しているような仕草をとった。しかし何も見つからない。
 洋平が小声で何かをぶつぶつと呟き始めた。慎介は何を言っているのか聞き取ろうと聞き耳を立てていると、左後方で強い光が射し込むような感覚に襲われた。振り返る。
 そこにはモノクロの写真でしか見たことはないが、紛れも無く母方の祖母が立っていた。
『慎介、お前にはまだやる事が沢山あるでしょ』
おばあさんはそう声をかけると小さく微笑む。その優しい微笑みに慎介の身体が反応した。“そうだまだやりたい事がいっぱいあった。早く元に戻らないと。”そう思った時、何かに吸い込まれるように身体が引っ張られた。それもとても心地良い感覚で。ほんの数秒で慎介の姿がその場から消えた。そしておばあさんの姿もなくなっていた。
その時ベットに眠っていた少年の手がピクリと動いた。洋平はそれを確認すると何事も無かったかのように静かに病室を出て行った。
病院を出たときには洋平の瞳は本来の色・・・日本人特有の漆黒の瞳に戻っていた。
翌日新聞に小さく<ひき逃げ犯逮捕>という見出しのニュースが載っていた。そしてその日の夜あの時の警官から、少年の意識が完全に戻ったという連絡が入った。



それから数週間後、洋平と麻美が久し振りに二人で歩いていると、正面から4人の学生が歩いてきた。学校の補習授業か何かの帰りだろうか、四人とも制服を着ている。男二人女二人というありきたりの組み合わせだが、楽しそうに話をしていた。
彼等と擦れ違う際、その中の一人の男子生徒が立ち止まり洋平に小さく頭を下げた。洋平も足を止め軽く会釈をする。そして何の会話も無く擦れ違った。
そんな二人のやり取りに
「あの子どこかで会ったことがある様な・・・」
 麻美が首をひねる。
「洋ちゃん今の子誰?」
 洋平に回答を求めた。
「名前は知らない」
 洋平は短く答えると、再び歩き始めた。
 その後方で、少年・・・風間慎介はもう一度振り返り、今度は大きく礼をするように深く頭を下げた。




エピソード2完